「外来者への情報提供場面」におけるコミュニケーション・ストラテジーの運用

−香港人対大陸人の一場面への考察−

発表者 陳於華

<要  旨>

 香港の中国返還に伴い、香港人の言語生活の中で、北京語話者とのインターアクション場面が増えつつあるが、北京語の使用能力が不十分な香港人は、どのようなストラテジーを用いてコミュニケーションを図り、エスニック・グループの共存への道を歩んでいるのだろうか。本発表では、実態調査の結果を踏まえて、「外来者への情報提供場面」におけるコミュニケーション・ストラテジーの運用実態を解明するため、それぞれのストラテジーの機能とその分類、及びストラテジーの運用と相手言語の熟達度との関連を再検討する。

 本発表では、まず、「外来者への情報提供場面」で観察されたコミュニケーション・ストラテジーを分析・分類する。それによって、先行研究では言及されていないカテゴリを多く抽出することができた。結論から言うと、実生活でのインターアクション場面においては、先行研究で報告されている以上に多様多彩なコミュニケーション・ストラテジーが用いられ、中でも、縮小ストラテジーよりも達成ストラテジーが圧倒的に多く使われている。また、多数の達成ストラテジーの中で、「相手言語の使用」というストラテジーが最も頻繁に用いられているということが指摘できる。さらに、相手言語の熟達度とストラテジーの運用との関連について、次のような傾向が認められる。

1)相手言語の熟達度と関わりなく、縮小ストラテジーよりも達成ストラテジーが圧倒的に頻繁に

 用いられる。

2)相手言語の熟達度の高い人は低い人より相手言語を用いる傾向にある。

3)相手言語の熟達度の低い人は高い人に比べ、相手の理解への確認、コード・スイッチング、筆談、非言語的方略などをより頻繁に用いる。

 つまり、相手言語の熟達度は達成ストラテジーと縮小ストラテジーの2タイプの大まかな選択には影響しないが、具体的なコミュニケーション・ストラテジーの選択には関連するということが指摘できる。

 このように、北京語の使用能力が不十分な香港人でも、できる限りの北京語を使用するなど、積極的にコミュニケーション・ストラテジーを用いて外来者(大陸人)とのコミュニケーションを図るという様子が窺える。