●金美善(大阪大学大学院)
【発表タイトル】:大阪市生野周辺在日コリアンの言語接触−両言語の相互干渉に注目して−
【要約】
大阪市生野区は、全人口の4分の1を在日コリアンが占めている日本最大の在日コリアン
密集地域である。そこには、古くから日韓両文化・言語が共存し、接触による様々な変容の
様態を見せている。一世から築き上げられたコミュニティ内部での言語は世代とともに韓国
語から日本語に取り替えられているが、一方、それとは裏腹に韓国語が取り入れられまた、
部分的に残存する様子も見せている。

まず、新来者の存在による両言語の文字の共存、旧来者である一世の両言語の混用による二
世以降世代の一世言語の影響などがあげられる。

生野周辺に居住する一世の多くは、一世特有の日本語を話している。その特徴をまず、音声
面から観察すると、母語の音韻体系から干渉を受けた音声が初期段階で化石化し、生野周辺
の変異音として定着している。したがって、他所のコミュニティを持たない一世の音声と比
較すると、それぞれの属する社会的属性と変異音との相関が明らかである。また、両言語併
用話者である一世の言語運用の大きな特徴として、両言語の混用をあげられるが、一世同士
の普段の会話を観察すると、両言語が文間、文内レベルで自由自在に混用され発話している
ことがデータから見出される。

発表者は、このような一世の普段の言語運用をスタイルとし
て解釈している。一世の混用スタイルは、習得的要因、文化的要因、心的要因、習慣的なも
のと様々な要因によって生起したものであると考えられるが、母語を同じくする話者の集団
的移動、同じ地域での密集、母語を同じくする話者によるコミュニティの形成、日本語の自
然習得、日本語母語話者との接触の欠如など、共通した社会的属性によって体系化している
ものであると発表者は考える。このような一世の独特な言語運用は、二世世代には非対称バ
イリンガルとして影響し、世代全般においては母語の入れ替えとともに部分的な一世言語の
残存を見せている。

例えば、食習慣における「お汁にご飯を入れて食べる行為」を表す表現
に用いられる一世言語の使用が一例としてあげられる。その内容は、「チョマンする、マラ
する、モラする」などで、一世の方言形が二世以降世代の言語運用に残存して日本語の中に
維持されているのである。これらの背景には、世代と共にモノリンガル化していく言語状況と、
母文化保持状況がコミュニティ内部での葛藤を経て顕在化したものであると判断できる。

 

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