ネイティブスピーカー概念の批判的再検討(要旨)

 

大平(義永)未央子(大阪大学)

 

●本発表の目的は、

1)言語研究におけるネイティブスピーカーの定義の整理

2)ネイティブスピーカーの定義の多重性が、ノンネイティブスピーカーとみなされる人々の

疎外をもたらしていることの指摘

3)ネイティブスピーカー・ノンネイティブスピーカー概念の再検討が、言語教育・言語教育実

践に与える示唆の検討

3点である。以下、それぞれの要点を紹介する。

 

1)言語研究におけるネイティブスピーカーの定義の整理

 ブルームフィールド・チョムスキー・ハイムズの言語理論、および、第2言語習得研究におけ

るネイティブスピーカーの定義を概観し、定義の方法を時間説・能力説・理想説の3つに分類し

た。

・時間説:誕生時、あるいは少なくとも幼児期から当該言語に接触しているという、時期

的な問題に注目した定義

・能力説:当該の言語使用における有能さに焦点をあてた定義

・理想説:チョムスキーらの言語理論に見られるような、「特定の言語に対して特別な、そ

れも大抵の場合絶対に間違いをおかさない文法的洞察力が身についている(パイク

デー1985/1990:1)」人物をさす、という定義

 

2) ネイティブスピーカーの定義の多重性が、ノンネイティブスピーカーとみなされる人々の疎外をもたらしていることの指摘

・ネイティブスピーカーの対概念としてのノンネイティブスピーカーを考えた場合、

幼少期以降に当該言語との接触を開始した人物(時間説の定義によるノンネイティ

ブスピーカー)は、言語使用における有能さの面でも、ネイティブスピーカーに従

属した存在(能力説の定義によるノンネイティブスピーカー)とみなされることが多い。

→時間説と能力説の定義の混同がみられる。

・そして、ノンネイティブスピーカー性を規範からの逸脱として捉える見方(問題と

してのノンネイティブスピーカー性)と、ノンネイティブスピーカー性は当該の相互

行為に先立って存在する静的な属性であり、相互行為の中で継続的に維持されるという

見方(所与のコンテクストとしてのノンネイティブスピーカー性)が交差すると、ノン

ネイティブスピーカーというレッテルを貼られた人々にとって、非常に不幸な結論を導

くことになってしまう。

→ネイティブスピーカーとノンネイティブスピーカーとの相互行為がうまくいかないの

は、ノンネイティブスピーカー側に原因がある、つまり、ノンネイティブスピーカーの

目標言語能力が不足しているため。また同時に、いつまでたってもノンネイティブスピ

ーカーはノンネイティブスピーカーという属性から抜け出せない。

 

3)ネイティブスピーカー・ノンネイティブスピーカー概念の再検討が、言語教育・言語教育実

践に与える示唆の検討

・言語研究の示唆:相互行為能力(interactional competence)と協働的構築(co-construction)

の視点を紹介

これらの視点は、相互行為の成立・不成立はあくまで参加者相互の共同責任に基づくこと

を前提とするため、ノンネイティブスピーカーの従属性を廃し、相互行為の達成プロセス

の研究をすすめるための有力な理論的根拠となると考えられる。

・言語教育実践への示唆:「マルチ能力の第2言語使用者」観の提唱

 Cook(1999)の議論を踏まえながら、「不完全なネイティブスピーカー」ではなく、マルチ

な能力を持った(multi-competent)者としての第二言語使用者(L2 user)像を提唱した。

これにより、言語教授におけるモデルの提示、L2使用者の第一言語(L1)を利用した教授方法、

言語教授の基礎となるL2使用者言語の記述などの必要性が指摘された。

 

今後の課題

1)相互行為の実証的研究

2)マルチ能力モデルに基づいた教育実践の検討

3)「ネイティブスピーカー神話」が、圧倒的な影響力を有するのはなぜか?の考察

 

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